人間中心設計とは?原則とメリット・デメリットを徹底解説
商品やサービスを設計する際に、どのように進めるか悩んだことがある方もいるでしょう。
さまざまな考え方がありますが、ユーザーを中心として商品やサービスを組み立てる考え方が「人間中心設計」です。
そこでこの記事では、人間中心設計とはなにかを詳しく解説。さらに、人間中心設計の原則やメリット・デメリットも紹介します。
人間中心設計について詳しく知りたい方は、ぜひご覧ください。
人間中心設計とは
人間中心設計とはその名前からもわかる通り、人間を中心として商品やサービスを組み立てる考え方のことです。Human Centered Designの頭文字を取って「HCD」と呼ばれることもあります。
国際規格の「ISO 9241-210:2010」では、次のように定義されています。
システムの使用に焦点を当て,人間工学及びユーザビリティの知識と手法とを適用することによって,インタラクティブシステムをより使えるものにすることを目的としたシステムの設計及び開発へのアプローチ。
出典:ISO 9241-210:2010 (翻訳版)
人間中心設計では、どんな商品やサービスにすればユーザーが使いやすいものとなるのかを最優先に考え、設計を進めます。
機能を優先し、人間が使いづらさを感じる製品やサービスでは、使用時にヒューマンエラーが発生しやすくなります。人間中心設計の考え方を取り入れ、使いやすさを重視した商品やサービスを選ぶと、ヒューマンエラーの頻度を下げて快適に使える可能性があるのです。
人間にとっての使いやすさを重視して商品やサービスを開発する考え方は、UXの考え方とどう違うのかと疑問に感じる人もいるでしょう。UXは、商品やサービスを通じて得られるすべての体験のことを指します。「人間中心設計の考え方が取り入れられていたため、使いやすいと感じた」というのもUXの一部です。
UXを向上させるために、人間中心設計の考え方は重要だといえるでしょう。
人間中心設計に似た考え方は他にもあります。ここでは、次の2種類の考え方と人間中心設計との違いを解説します。
- デザイン思考との違い
- ユーザー中心設計との違い
デザイン思考との違い
デザイン思考とは、ユーザーの視点から商品やサービスの課題を見付け、それを解決する考え方のことです。デザイナーがデザインを構築する際と似た思考のプロセスを用いることから「デザイン思考」と呼ばれます。
人間中心設計とデザイン思考は非常によく似ていますが、活用する目的が異なります。人間中心設計の目的は、ユーザーにとって使いやすい商品やサービスを作ることです。それに対してデザイン思考の目的は、ユーザーに寄り添い革新的なアイデアを生むことです。
そのため、実施のプロセスにも違いがあります。もっとも大きく違うのは、人間中心設計が多くのユーザーを分析したデータをもとに進めるのに対して、デザイン思考はユーザーを観察し、共感をもとに考えを発展させる点です。ユーザーをじっくり観察し、そのユーザーが何を考えているかをもとに思考を進めます。
人間中心設計は改善のための考え方、デザイン思考はイノベーションのための考え方ともいえるでしょう。
ユーザー中心設計との違い
ユーザー中心設計は人間中心設計とよく似ていて、同じ意味で使われることもあります。しかし、厳密には異なる意味を持っています。
ユーザー中心設計は、直接商品やサービスを使う人にフォーカスした考え方です。それに対して人間中心設計は、ユーザーだけでなくその周辺の人にとっても使いやすいものを目指します。
周辺の人がどこまでの範囲を指すかは場合によって異なりますが、製品のサポートをする人や、他者を介して製品からの恩恵を受けている人などが該当します。
つまり、ユーザー中心設計よりも人間中心設計の方がやや広い範囲の人を対象とした考え方だといえるでしょう。
人間中心設計の6原則
人間中心設計には、国際規格「ISO9241-210:2010」により定められた次の原則があります。各原則の内容を、詳しく解説します。
- ユーザー、タスク、環境の明確な理解に基づいたデザイン
- デザインと開発全体へのユーザー参加
- ユーザー中心の評価による設計と洗練
- プロセスの繰り返し
- ユーザー体験(UX)全体を考慮した設計
- 専門的なスキルや視点を含むチーム
ユーザー、タスク、環境の明確な理解に基づいた設計
人間中心設計を行う場合には「ユーザー」「タスク」「環境」という3つの要素を明確に理解していなければなりません。「ユーザー」「タスク」「環境」とは、それぞれ次のような内容を指します。
つまり人間中心設計を行う場合には、ユーザーの属性や考え方などを知るだけでなく、商品やサービスを使う目的や状況についても理解しておく必要があるのです。
設計と開発全体へのユーザー参加
ユーザーにとって使いやすい商品やサービスを作るためには、ユーザーの協力を得るのが有効です。商品やサービスの開発は、ユーザーの声を取り入れながら進めましょう。
ユーザーの声を確認するには、次のような方法があります。
- インタビューを実施する
- ユーザーテストを行う
- フィードバックを受ける
開発者側だけで設計やデザインを考えるのではなく、ユーザーに参加してもらいながら開発を進めるのが人間中心設計の原則です。
ユーザー中心の評価による設計と洗練
人間中心設計では、設計だけでなく各種改良のような製品の洗練もユーザーの評価をもとに行います。実際に商品やサービスを利用したユーザーのフィードバックを受けるのはもちろん、複数のプロトタイプを作成してユーザーに確認してもらうことでユーザーニーズを確認することもあります。
時には、開発側が良いと感じているものとユーザーからの評価が高いものにギャップが生じることもあるでしょう。そんなときには、ユーザーの評価が高いものを選択するのが人間中心設計の原則です。
プロセスの繰り返し
人間中心設計には基本となる4つのプロセスがあります。人間中心設計の基本4プロセスについては、後の項目で詳しく解説します。
プロセスの繰り返しとは、この基本4プロセスを1度だけでなく繰り返し実施することです。プロセスの繰り返しによって、よりユーザーの満足度が高い製品やサービスを構築できます。
ユーザー体験(UX)全体を考慮した設計
人間中心設計は、よりよいユーザー体験のために行われます。
使いやすい製品やサービスはユーザー体験を向上させる一助となりますが、それだけで満足してはいけません。使いやすさ以外にも、さまざまなところでユーザー体験は生まれます。
人間中心設計は、あくまでもユーザー体験を向上させるためのひとつの要素でしかないことを覚えておきましょう。
専門的学際的なスキルや視点を含むチーム
設計や開発、デザインを行う際には、専門的なスキルを持つ人をチームに加えましょう。
エンジニア、デザイナー、ディレクターなど通常の開発で必要な専門家の他に、人間工学やユーザーサポートなどに精通した専門家もチームメンバーにできるのが理想的です。
専門家を加えることで、よりさまざまな視点からよりよい商品やサービスを開発できます。
人間中心設計の基本4プロセス
人間中心設計では、次の4プロセスを基本としています。各プロセスの内容を詳しく解説します。
- 利用状況の把握と明示
- ユーザーと組織の要求事項の明示
- 設計による解決策の作成
- 要求事項に対する設計の評価
利用状況の把握と明示
まずは、ユーザーによる商品やサービスの利用状況を調査します。調査の手法には、次のようなものがあります。
- アンケート
- インタビュー
- フィールド調査・観察
- エスノグラフィ調査
アンケートやインタビューは、他の調査に比べると比較的実施しやすいため、主流となっている手法です。
ユーザーのリアルな声を集め、利用の実態を調査するとともに、データを活用しやすいよう整理しましょう。
ユーザーの要求事項の明示
次に、把握した利用状況のデータからユーザーが求めていることを明らかにします。集めたデータを分析し、ユーザーが持っている要求を洗い出しましょう。
洗い出した要求の中から、ユーザーの課題を見極めます。課題を把握する際によく使われるのがペルソナやカスタマージャーニーマップといった手法です。ペルソナやカスタマージャーニーを用いることで、より顧客の視点から要求や課題を考えやすくなります。
設計による解決策の作成
ユーザーの要求が明らかになったら、その要求を解決できる設計を作成します。
設計の際には、要求事項の明示で使ったペルソナやカスタマージャーニーマップを活用しましょう。先のステップでユーザー視点の課題を考えたのと同様に、解決策もユーザーの視点から考えなければなりません。
まずは、ペルソナやカスタマージャーニーマップをもとに、ユーザーが理想とする状態を確認します。さらに、現実の状況と比較しながらその差を埋められるような商品やサービスを設計するのです。
より解決策を明確にするために、プロトタイプを作成することもあります。
要求事項に対する設計の評価
最後に、設計が本当に要求を解決しているのか、ユーザーに評価してもらいましょう。
ここで効果的なのが、上記で作成したプロトタイプです。実際にプロトタイプに触れてもらうことで、より多くのユーザーの声を集められます。
ここで重要なのは、最初からユーザーに高く評価される設計を作れるケースは稀だという点です。プロトタイプを使って得られたユーザーからの声をもとに、プロセスの最初に戻って繰り返すことで、より良い設計を作れます。
人間中心設計のメリット
人間中心設計には次の3つのメリットがあります。それぞれ、詳しく解説します。
- ユーザーが使いやすい製品・サービスを作れる
- ユーザーの作業効率を高める
- より多くのユーザーに利用してもらえる可能性がある
ユーザーが使いやすい製品・サービスを作れる
人間中心設計では、ユーザーに寄り添って考え、実際のユーザーの声を取り入れながら設計を行う事で、ユーザーにとって使いやすい製品やサービスを構築できます。
上手に使えば便利な商品であっても、使うときに手間がかかったり、使いづらくてストレスを感じるような製品は使用頻度が下がってしまうでしょう。
使いやすい製品やサービスであれば、ユーザーの利用率や満足度は向上します。ユーザーに良い印象を持たれれば、次もまた自社の製品を選んでもらえる可能性が高まります。
ユーザーの作業効率を高める
商品やサービスを選ぶ際に、それがどれだけ自分の負担を減らしてくれるのかを重視するユーザーは数多くいます。作業効率の向上も、ユーザーの負担を減らすひとつの方法です。
同じ機能を持つ商品であれば、使いやすいものの方が作業効率が高まります。使いにくさを感じる場合や使うための手順が難しい場合、機能を発揮するまでに時間がかかってしまうケースが少なくないためです。
そのため、人間中心設計を用いて設計した商品やサービスは、ユーザーの作業効率を高めるといえます。
より多くのユーザーに利用してもらえる可能性がある
人間中心設計を活用して設計した製品は、使い勝手が良いためより多くのユーザーに選んでもらえる可能性があります。さらに、使用しているユーザーが増えれば認知度が高まり、さらに多くの人に注目してもらえる可能性があるのです。
知名度が上がれば、人間中心設計を用いて設計した商品はもちろん、自社で販売している他の商品に注目してもらえる可能性もあるでしょう。人間中心設計による使いやすさの追求が、ブランドや企業全体に大きなメリットをもたらす可能性もあるのです
人間中心設計のデメリット
人間中心設計には多くのメリットがありますが、一方でデメリットもあります。次の3つのデメリットについて、詳しく解説します。
- 対象を絞らなければ成立しない
- 正確なニーズの把握が必要
- 最新情報の把握が必要
対象を絞らなければ成立しない
人間はひとり一人体格や家庭環境、考え方などが違います。そのため、全ての人にとって使いやすい商品は存在しません。
人間中心設計を取り入れるのであれば、対象を絞らなければなりません。ざっくりと属性を絞るだけでなく、その中でもどのような特徴を持った人にフォーカスするか考え、調査を行いましょう。
フォーカスする対象と観察する対象にズレが生じてしまうと、本来のユーザーのニーズを満たさない商品となってしまう可能性もあるため注意が必要です。
正確なニーズの把握が必要
設計側は、商品やサービスに対して先入観を持っているケースが少なくありません。しかし、設計側が「前提」と考えていることが実はユーザーには共有されていないケースや、ユーザーが設計側の想定とは異なる使い方をしているケースもあるのです。
設計側が先入観に気付かないまま調査を進めると、本来ユーザーが持っているニーズに気付けない場合があります。なるべく細かく・深く調査し、正確なユーザーのニーズを把握しなければ、それを解決するための製品設計はできません。
最新情報の把握が必要
時代の変化に伴って、ユーザーのニーズも変化します。古い調査データなどを使い続けると、時代の変化に合わないケースが出てきてしまうこともあるでしょう。
特に、社会の環境を大きく変えるような変化には注意が必要です。例えば最近であればスマートフォンの普及や、AIの進化などが大きな社会変化として挙げられます。
常に社会情勢やユーザーの変化に敏感になり、最新の情報を取り入れることを忘れてはなりません。
人間中心設計を実施する際のポイント
人間中心設計を実施する際のポイントは次の3つです。それぞれ、詳しく解説します。
- ユーザーが潜在的に持っているニーズを把握する
- 幅広いスキルを持った人材を集めてチームを作る
- 開発者ではなくユーザーを主体に考える
ユーザーが潜在的に持っているニーズを把握する
ユーザーは、必ずしも自分が持っているニーズを的確に把握しているとは限りません。相手から提示されて初めて「こんなものが欲しかった!」と感じることもあるものです。
ユーザー自身が把握していない潜在的なニーズを、ヒアリングだけで聞き出すのは難しいでしょう。そんなとき、有効なのが使用しているユーザーを観察することです。観察する中で、ちょっとしたムダな動きや不便そうだと感じる点を見つけ出せる可能性があります。
ユーザー自身が認識できているニーズだけでなく、潜在的に持っているニーズを引き出せるような調査方法を検討してください。
幅広いスキルを持った人材を集めてチームを作る
人間中心設計では、専門家を含むチームを作って設計に取り組むのが原則です。このとき、できるだけ幅広いスキルを持った人材を集めましょう。
幅広いジャンルの専門家の視点を加えることで、多様化するニーズに応えられる設計ができます。また、さまざまな専門家の意見をまとめて円滑なコミュニケーションを行うためには、優秀なディレクターも欠かせません。
各人材が持っているスキルとともに、チームの構成も考えながらメンバーを選びましょう。
開発者ではなくユーザーを主体に考える
人間中心設計では、ユーザーを中心に設計を行います。
しかし、わかっているつもりであってもいつの間にか開発側の考え方や思い込みが入り込んでしまうことがあります。人間中心設計を行う際には、徹底的にユーザーを主体に考えるよう心がけましょう。
開発を進める中で定期的に「ユーザーを主体として考えられているか」を見直すタイミングを作るのも効果的です。
まとめ
この記事では、人間中心設計について解説しました。
人間中心設計とは、ユーザーを最優先に考えながら商品やサービスを設計する手法のことです。人間中心設計を実施することで、ユーザーが使いやすい商品やサービスを開発可能となり、商品やサービスの認知度向上にもつながる可能性があります。
ユーザーが自覚しているニーズだけでなく、潜在的なニーズまで引き出せれば、プロジェクトは成功に近付くでしょう。この記事が、商品やサービスの設計にお悩みの方のお役に立てば幸いです。